[ 徳島市通町 ]

いかりや珈琲店

いかりや珈琲店_店内

焙煎機の導入は徳島初?

馬場芳子さん(大正8年生まれ)が徳島市通町(現在の店と同じ場所)で創業。

創業者 馬場芳子さん
創業者 馬場芳子さん

もともとこの場所は芳子さんの生家であり、「馬場源一商店」という鏡台を扱う家具店であった。しかし跡継ぎであったご主人が戦争で亡くなったことから、疎開先から戻った芳子さんが、若いころ東京に居た叔父さんが連れて行ってくれたミルクホールのような店をしたいと、昭和30年5月18日、「いかりや珈琲店」をオープン。

創業当時のメニュー店名は、家族が集まり300位ある候補の中から選ばれたもので、ハイカラで親しみやすく、“港にイカリを下ろして商売をする”という意味もあって名づけられたという。※右写真は創業当時のメニュー。プラスチック板をイカリの形に抜いてある。

開店当初は、徳島のブローカーから珈琲豆を購入。焙煎機もその時から導入していたというから驚く。当時の徳島では珍しいものであった。今のように豆の冷却装置も付いておらず、焙煎し終えた豆をもろ蓋に出し、1人が混ぜ、1人が渋うちわで扇いで冷やしていたとか。珈琲豆の袋※右写真は昭和35年頃に使用していたコーヒー豆の袋。

創業時の外観昭和57年ごろ店を改築してからも、改装を幾度となく繰り返し、少しずつ店を広げていった。防空壕を利用し、地下に喫茶スペースを設けていたこともある。※左写真は創業時の店舗。「徳島中央郵便局」が現在の場所に移転新築する前からあった。

二代目 馬場智恵子さん

二代目 馬場智恵子さん
ホテルサンルートにて

二代目の智恵子さん(昭和17年生まれ)が引き継いだのは平成5年。お客さんを招待してのバスツアーや、ホテルなどでの周年記念イベントを定期的に開催するなど、その企画力、行動力には驚かされる。

特に、5年毎に開催している記念フェアでは、 開店当時の写真やメニューを展示し、当日はブレンド珈琲を開店当時の値段で提供するなど、新旧さまざまなお客さんが楽しめる内容となっている。

現在は三代目の淳さんへと引き継がれ、コーヒーやフードメニューも豊富になり、オンラインショップやテイクアウトでも購入できるなど、よりよい店づくりのためには努力を惜しまない。ギャラリースペース(無料で貸し出し)もあり、ゆったりとした時間を過ごすことができる。

また、昭和62年からある「コーヒーゼリー」は有名で、お盆の4日間だけで2,000個売れるという人気メニューである。まだ食べたことのない人はぜひどうぞ。

創業時のメニュー

創業時のメニュー

マッチの変遷

マッチの変遷
【左上】創業間もなく~【右下】現在

遊興飲食税 特別徴収義務者証票

遊興飲食税 特別徴収義務者証票

外観

外観

大谷焼で作られた珈琲豆の器

大谷焼で作られた珈琲豆の器

いかりや珈琲店_店内

店の奥のテーブル席はギャラリースペース

店舗のあゆみ

創業者 馬場芳子

1955年(昭和30年) 初代馬場芳子さんが、現在の場所に「いかりや珈琲店」を開店する。
1976年(昭和51年) 木造店舗から現在の鉄筋コンクリート建てに改築する。
1993年(平成 5年) 二代目である馬場智恵子さんが引き継ぐ。
2012年(平成24年) 5月、三代目である馬場淳さんに引き継ぐ。